個人療法との比較

個人療法的視点

個人療法は、”原因があるから、結果(問題)がある”という概念に立った、

『原因 → 結果』 

 

という、直線的・一方的因果論である、医療モデルです。

 

従って、原因を探し(重視し)、”いつ” ”どこで” ”誰が”あるいは”どんな出来事が” 問題(行動)を引き起こしたのかを問い、対処法を練ります。時には、誰の責任であるかも暗黙のうちに問う事もあります。(これを”犯人探し”といいます) 

 

また、個人のこころの中(心理内)の特定のパワーが、行動の支配的な決定要素であると見なし、科学的なモデル・手法を使用します。

 

そこで、主たる治療目的は、まず与えられた環境・状況での根本的原因の探求となります。 心理テストなどを行い、診断を行うことや、その結果が治療方針を立てる上で、大変重要になります。つまり、『精神病理学(Pathology)』が大変重要となり、病理診断としての様々なテストが必須となります。

 

この病理診断をするのが、精神科医や臨床心理士の主な仕事です。

 

ですから、精神科医や臨床心理士が、初診(インテーク)の時に注目するのは、”個人の症状”や”性格”や”行動”や”感情”で、それについていろいろと尋ねて『診断材料』とします。

 

診断が一度つけば、それに則った治療法を施す、あるいは薬を処方することになります。

 

 

 

 

家族療法的視点

一方、家族療法の理論では、原因だけではなく、結果もまた重要な意味を持っていると見なします。従って、原因の追及・特定といった医療モデルとは、基本的な考え方も、セラピストの姿勢も異なります。

 

一つの結果は、プロセスの1コマに過ぎず、むしろ、その問題(行動)が何のためにおこなわれ、そして人的環境も含めた周囲の状況が、どの様にその連鎖を保存するように働いているのか、ということを探る、円環モデルです。

 

つまり、

 

『・・・ → 結果=原因 → 結果=原因 → 結果 ・・・』

 

となります。

ある状況下で起こる言動や感情が元になり(原因)、その原因が新しい感情や言動(結果)を招き、その結果により誘発された言動や感情が次の原因となって、次の結果を生み・・・以下同文

 

はやい話が、”ニワトリが先か卵が先か”といったようなもので、原因の特定(病理診断)をすること、例えばここでは、”なぜこの卵は白いのか”とか”なぜこの卵だけ小さいのか”などを深く考察することは、治療を行う上で、最重要課題ではないということです。 (不必要という意味ではありません)

 

家族療法も、他の医療機関が行った病理診断を、無視することはしません。しかし、参考にすることはあっても、『病理診断に基づく治療』や『精神病を治す』という ”病気‐医療モデル” は使用しません。

 

”どの様な状況や条件が、その人をそういう状態に追い込んだのか”が最も大切な判断基準になり、治療の根幹となります。 

 

従って、家族療法では、『ニワトリと卵の連鎖を断ち切る』という事の方が、『なぜこの卵が白いのか』を考察することより重要です。いうまでもなく、個人療法は、なぜこの卵が白いのかを診断する方法です。

 

精神分析の祖といわれるフロイトや、来談者中心療法のロジャース、また認知行動療法など、すべて個人療法です。

 

 

 

 

 

 

 

個人療法と家族療法の比較

<個人療法>

目的は根本原因の探求

典型的な質問は

   ”なぜ・・・?”

 

個人的な生育歴(過去)

個人の内的世界

個人の認知

個人の行動

 

 

 

<家族療法>

人間の関係性に注目

基本的な質問は

  ”何のために・・・?”

 

個人の外的要因(環境)

脈絡(前後関係)

経過 (プロセス)

全体のバランス特性

 


家族の見方

フロイト(精神分析)

神経症的葛藤は家族の中から起こる。そのため、治療は、影響力のある家族から引き離すべきである。

また、家族を同席させることは、治療の妨げになる

 

ロジャース(来談者中心療法)

家族内では得られなかったものがある(例えば無条件的受容など)。つまり、 家族には、機能的に不足しているものがある。

そのため、治療では、その家族内では起こり得なかった環境、例えば、共感・無条件的受容・傾聴などが必要になる。

 

ファミリー・セラピー(家族療法)

 家族は、単なる家族構成員の集合体ではない。

一人一人の家族構成員が、それぞれに特有な情報を持っていると同時に、家族全体の情報も持っている。

また、家族は全体として(1つのシステムとして)の特性も、持ち合わせている。 従って、重要な情報源である。

 

 

家族とクライアント

 

○ 子供が問題を起こした場合に、家族を扱う視点

 個人療法では・・・ 

  母親がその原因とみなされる傾向がある。

  かつて、アメリカで始めて”自閉症”が発表されたとき、母親は

  ”Cold Mother; 冷たい母親”と呼ばれ、愛情のない冷たい人間として

  社会的に追及された。

 

  今は、子供自身に問題があるという”発達障害”という概念が乱用され

  子供にすべて原因があるように扱われる傾向がある

 

  どちらも、クライアント(患者)は母親または子供

 

 

 家族療法では・・・

  家族全体のバランスをみると、特定の個人の症状は理由のある行動。

 

  特定の個人を”患者”とみなすことはできないので、この症状のある個人を

  IP(アイピー)、すなわち、”(家族から)患者とみなされている人”と呼び、

  相談に来た夫婦や家族をクライアントと呼ぶ

 

        IP = Identified Patient の略

 

 

 

 

Here and Now

Here and Now(ヒア アンド ナウ)という考え方は、家族療法的視点の中からでてきました。

 

これはその名のごとく、”今、ここで(セラピストの前で)”、どういったやり取り(コミュニケーションのやり取り)をしているか、ということです。

 

これは家族療法家にとっては、大変重要な情報源になります。

 

その繰り返されるやり取り(つまりコミュニケーションパターン)は、”ここ”以外の場所でも当然行われているはずで、そのやり取りについての情報(やり取りが意味するもの)を得て、いつ、その連鎖の中に入っていくか、どうやって入っていくかを判断することが、家族療法士(家)の重要な仕事のひとつとなるわけです。その一瞬のチャンスを逃さず介入した場合、大変大きな変化をもたらすことがしばしばあります。私も、何度もその場面に出会いました。

 

この、コミュニケーションパターンが変化すれば、臨床心理学でいうところの症状が変化したり、消えたりすることは決して珍しくありません。

 

個人療法家が、このHere and Nowを知識として(教科書を読んで)使用すると、”ああ、これがHere and Nowか”ぐらいにしか感じませんが、家族療法家の場合は、クライアントがそれまでに何時間もかけて語った以上の、大量の情報を含む、大変重要な瞬間で、その後の治療計画にも大きな影響を及ぼします。